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東京地方裁判所 平成4年(行ウ)142号 判決

東京都世田谷区代田四丁目二〇番一六号

原告

吉村徹穂

右訴訟代理人弁護士

牛嶋勉

東京都世田谷区松原六丁目一三番一〇号

被告

北沢税務署長 山口新平

右指定代理人

秋山仁美

藤村泰雄

内倉裕二

石坂博文

主文

一  本件訴えのうち、被告が平成二年七月六日付けでした原告の昭和六二年分の所得税についての更正のうち、分離長期譲渡所得金額九三九四万円及び納付すべき税額二二五六万三七〇〇円を超えない部分の取消しを求める部分は、これを却下する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求の趣旨

被告が平成二年七月六日付けでした原告の昭和六二年分の所得税についての更正を取り消す。

第二事案の概要

一  低額譲渡の場合における譲渡所得課税の特例

資産を譲渡した場合において、譲渡所得の金額は、その年中の当該所得に係る総収入金額から当該所得の基因となった資産の取得費、その資産の譲渡に要した費用及び特別控除額を控除した金額とされる(所得税法三三条三項)が、譲渡所得の基因となる資産の移転が、法人に対する時価の二分の一に満たない著しく低い価額の対価による譲渡(以下「低額譲渡」という。)である場合には、その者の譲渡所得の金額の計算については、右譲渡時に、その時における価額に相当する金額(以下「時価」という。)により、右資産の譲渡があったものとみなすこととされている(同法五九条一項二号及び同法施行令一六九条、以下「低額譲渡の場合の特例」という。)。

本件は、不動産の分離長期譲渡所得を確定申告した原告が、右譲渡が低額譲渡に当たるとして、譲渡所得の金額を不動産の時価によって計算する旨の更正処分をされたため、右更正処分の取消しを求めて提訴した事案である。

二  本件更正処分の経緯(この事実については、当事者間に争いがない。)

1  原告は、被告に対し、昭和六三年三月一一日、昭和六二年分の所得税について、総所得金額を三九三万六五〇〇円、分離長期譲渡所得金額を九三九四万円、納付すべき税額を二二五六万三七〇〇円とする確定申告(以下「本件申告」という。)をした。

原告は、本件申告に当たり、確定申告書及び「譲渡内容についてのお尋ね」と題する文書(乙五号証)を提出し、右譲渡所得は、原告が、大阪府に所在する株式会社平野橋不動産(以下「平野橋不動産」という。)に対し、昭和六二年七月二九日、別紙物件目録記載の各土地(以下「本件土地」という。)を代金一億円で譲渡したことに基因すること、本件土地の取得費は五〇〇万円、譲渡費用は六万円、特別控除額は一〇〇万円であり、右譲渡による譲渡所得金額は九三九四万円であることを申告した(なお、原告と平野橋不動産との間で、右同日、本件土地について締結された契約を、以下「本件契約」という。)。

2  これに対し、被告は、平成二年七月六日、右分離長期譲渡所得金額を八億一九七七万八〇〇〇円に、納付すべき税額を二億四〇二八万五九〇〇円に更正する旨の処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税三一五二万五〇〇円の賦課決定(以下「本件決定」という。)をした。

3  原告は、被告に対し、本件更正処分及び本件決定について異議申立てをしたが、被告は、平成二年一二月四日、これをいずれも棄却した。

そこで、原告は、国税不服審判所長に対し、本件更正処分及び本件決定について審査請求をしたが、同所長は、平成四年五月一四日、これをいずれも棄却した。

三  本件課税処分の適法性に関する被告の主張

原告の昭和六二年分の分離長期譲渡所得金額は、以下のとおり、1の金額から、2から4までの金額を差し引いた、八億六八六三万八二一〇円である。

1  総収入金額 九億一五四七万一八〇〇円

右金額は、原告が、平野橋不動産に対し、昭和六二年七月二九日、本件土地を譲渡したことによって得た収入であるが、後記四のとおり、低額譲渡の場合の特例を適用し、本件土地の時価に相当する金額によったものである。

2  取得費 四五七七万三五九〇円

右金額は、前記1の総収入金額に租税特別措置法(昭和六三年法律第四号による改正前のもの)三一条の四第一項に基づき、一〇〇分の五の割合を乗じて計算した金額である。

3  譲渡費用 六万円

右金額は、本件土地の売買契約書にちょう付した収入印紙代である。(この金額については、当事者間の争いがない。)

4  特別控除額 一〇〇万円

右金額は、租税特別措置法(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの)三一条三項に規定する額である。(この金額については、当事者間に争いがない。)

したがって、本件更正処分における分離長期譲渡所得金額は、右譲渡所得金額の範囲内であるから、本件更正処分は適法である。

四  本件土地の譲渡に係る譲渡所得の総収入金額についての被告の主張

本件土地の譲渡時の時価は、次の算出方法によって計算すると、別表記載のとおり、九億一五四七万一八〇〇円である。

すなわち、本件土地周辺の基準地二か所及び公示地二か所、計四か所を標準地とし、昭和六二年七月一日現在の右基準地価格及び昭和六二年七月に時点修正をした右公示価格について、それぞれ、昭和六二年分の相続税財産評価基準による路線価と価格比準を行って比準価格を算出すると、右比準価格の平均値は一平方メートル当たり一七八万円となり、これを本件土地の一平方メートル当たりの時価として計算すると、本件土地の時価は、合計九億一五四七万一八〇〇円となる。

これに対し、本件土地の売却代金は一億円であり、右代金は、本件土地の時価の二分の一に満たない価額であることが明らかであるから、低額譲渡の場合の特例に基づき、本件土地の譲渡に係る譲渡所得の総収入金額は、本件土地の時価に相当する九億一五四七万一八〇〇円であるとみなされるべきである。

五  争点

1  本案前の争点

(被告の主張)

納税者が確定申告書を提出した場合、右申告書に記載した所得税額の計算に誤りがあり、納付すべき税額が過大であっても、国税通則法(以下「通則法」という。)二三条に定める更正の請求によらなければ右税額の減額を求めることができないところ、原告は、昭和六二年分の所得税について、分離長期譲渡所得金額を九三九四万円と確定申告しており、その後、右所得税について更正の請求をしていない。

したがって、原告の本件訴えのうち、本件更正処分について、本件申告の額を超えない部分の取消しを求める部分は、不適法であるから、却下されるべきである。

(原告の主張)

本件契約は、後記2(一)のとおり、形式的には売買であるが、実質的には譲渡担保であるから、所得税法上資産の譲渡はなかったものとして取り扱われるべきであるのに、原告は、譲渡所得として確定申告をする必要があるという錯誤に陥り、本件申告をしたものである。

したがって、原告は、更正の請求によらなくても、右申告額を超えない部分の取消しを求めることができる。

2  本案の争点

『本件においては、本件契約が譲渡所得の基因となる資産の譲渡に当たるか否かについて、本件契約が売買であるか譲渡担保であるかが争われ、また、仮に本件契約が売買であるとしても、それが低額譲渡に当たるか否か及び低額譲渡に当たる場合の総収入金額がいくらかに関して、本件土地の時価の評価額が争われている。』

これらの点に関する当事者双方の主張の要旨は次のとおりである。

(一) 本件契約が売買が譲渡担保か。

本件において、被告は、本件契約は売買であるから、本件契約による対価は譲渡所得として課税対象になると主張する。

これに対し、原告は、本件契約は、形式的には売買であるが、実質的には、原告の平野橋不動産に対する一億円の債務を担保する目的でなされた譲渡担保であって、所得税基本通達三三-二は、債務者が、債務の弁済の担保としてその有する資産を譲渡した場合において、その契約書に、(1)当該担保に係る資産を債務者が従来どおり使用収益すること、(2)通常支払うと認められる当該債務に係る利子又はこれに相当する使用料の支払いに関する定めがあることを明らかにしており、かつ、当該譲渡が債権担保のみを目的として形式的にされたものである旨の債務者及び債権者の連署に係る申立書を提出したときは、当該譲渡はなかったものと取り扱い、右資産の譲渡を譲渡所得課税の対象とはしない旨を定めているところ、本件契約は、右基本通達三三-二に定める要件をすべて満たしているから、所得税法上資産の譲渡はなかったものとして取り扱われるべきであり、本件契約による対価は譲渡所得にはならないと主張する。

(二) 本件土地の時価の評価額

原告は、以下のとおり、被告による本件土地の時価の評価額は過大であると主張する。

(1) 原告と平野橋不動産は、本件契約と同時に、本件土地について、貸主を平野橋不動産、借主を原告とする賃貸借契約を締結し、原告は、同社に対し、底地部分だけを売却したのであるから、本件土地の譲渡価格は、その更地価額の四分の一以下又は借地権割合の減価により四割以下となる。

(2) 本件土地には、抵当権者を東京都、被担保債権の額を二七四五万九九〇〇円とする抵当権が設定されており、右抵当権が実行される蓋然性が高いから、本件土地の時価の評価額から右被担保債権の額を減価すべきである。

(3) 本件土地の一部は、東京都市計画道路補助線街路五四号線(以下「本件計画道路」という。)の用地として収用される予定であり、本件土地の利用価値が減少する上、補償金によってもその部分の時価全額が補償されるわけではないから、本件土地の時価の評価額から相当額を減価すべきである。

これに対し、被告は、これらの点はいずれも減価の対象とはならないものであり、本件土地の時価の評価額は前記三のとおりであると主張する。

第三争点に対する判断

一  本案前の争点

所得税法は、いわゆる申告納税方式を採用しており、納税者が納付すべき税額は、納税者の申告があればそれによって確定する一方、納税者は、右申告の内容に誤りがあり納付すべき税額等が過大であると知った場合には、一定の期限内に更正の請求をすることができ、これに対し税務官署が更正の処分をすることによって初めて右税額等の減額がされるものとしている(通則法二三条、所得税法一五二条、一五三条、一六七条)。このように、所得税法が、申告納税方式を採用し、申告内容の過誤の是正につき特別の規定を設けた趣旨は、所得税の課税標準等の決定については、最もその間の事情に通じている納税者自身の申告に基づくものとし、その過誤の是正は法律が認めた場合に限るという建前とすることが、租税債務を安定的かつ可及的速やかに確定させるという財政上の要請にかなうものであり、納税者に対しても過当な不利益を強いるおそれがないとの考慮に基づくものと解される。このような趣旨にかんがみると、確定申告書の記載内容の過誤の是正については、その錯誤が客観的に明白かつ重大であって、前記所得税法の定めた方法以外にその是正を許さないとすれば納税者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合を除いては、原則として、法定の方法によらないで記載内容の錯誤を主張することは許されないというべきである。これを争訟方法の視点からいえば、申告に係る税額等の減額変更については、所得税法は、原則として、まず更正の請求をし、これに対する税務官署の処分に不服がある場合には、当該処分の取消し、変更を求めるという方法によって争うべきことを法定しているのであって、このような法定の争訟方法をとることなく、申告の額を超えない部分の減額を求める訴訟を提起することは、原則として許されないものと解すべきである。

そこで、本件について検討するに、原告が本件申告に対し更正の請求をしていないことは当事者間に争いがないところ、原告は、本件契約の実質は譲渡担保であるから譲渡はなかったものとして取り扱われるのに、錯誤によって本件申告をした旨主張する。しかしながら、後記二1のように、本件契約は売買であって譲渡担保ではないと認められるから、原告が本件申告をしたことについて錯誤は存しないというべきである。

そうすると、原告の本件訴えのうち、本件更正処分について、本件申告の額を超えない部分の取消しを求める部分は、前述したところに従えば不適法なものというべきであり、却下を免れない。

二  本案の争点

1  争点(一)(本件契約が売買か譲渡担保か)について

(一) 当事者間に争いがない事実及び証拠(証人野崎尚幸の証言及び末尾に掲記の各書証)により認定できる事実

(1) 原告は弁護士であるが、東京都に所在する吉村株式会社、大阪府に所在する吉村商会及び平野橋不動産の監査役でもある。これら三社の代表取締役は、いずれも原告のいとこである杉田雛子であるが、杉田は実質的には会社経営に携わっていない。(乙一〇及び一一号証)

(2) 原告は、平野橋不動産との間で、昭和六二年七月二九日、本件土地を代金一億円で売却する旨の売買契約書(以下「本件契約書」という。)を作成した。

(3) 本件土地について、昭和六二年八月三日受付をもって、同年七月二九日の売買を原因とする原告から平野橋不動産への所有権移転登記(以下「本件所有権移転登記」という。)がされた。

(4) 原告は、本件契約締結以前から本件土地上にある原告所有の家屋(以下「本件旧建物」という。)に居住していたが、本件契約締結後も引き続き同建物に居住した。

平野橋不動産は、原告から、本件土地の地代として、昭和六二年八月分から平成元年九月分まで、一か月当たり五万円を受け取り、右収入を雑収入として計上した。(甲一〇号証の一ないし三)

(5) 平野橋不動産の経理担当者野崎尚幸(以下「野崎」という。)は、昭和六二年九月七日、本件契約を売買とする旨の同年七月二九日付けの振替伝票を起票し、決算処理に当たって、本件土地を同社の固定資産として計上した。(甲九号証、乙一四号証の三、乙一五号証)

また、平野橋不動産は、本件土地の取得に係る不動産取得税、登記費用及び本件土地に係る昭和六三年分以後の固定資産税等(昭和六三年分二九万三七〇〇円、平成元年分三〇万五九〇〇円、同二年分三〇万八三〇〇円)をそれぞれ負担した。(乙一一ないし一三号証、甲一一号証の一ないし三)

(6) 平野橋不動産は、昭和六三年九月二六日、東芝メイゾン建設株式会社との間で、本件土地上の建物を新築する旨の請負工事契約を締結した。

そして、平成元年一月二〇日、本件旧建物が取り壊され、同年六月一五日、本件土地上に新家屋(以下「本件新建物」という。)が建築されたが、平野橋不動産が右建築代金五一四四万七〇〇〇円を負担した。(甲一二号証の一)

平野橋不動産は、本件新建物について、平成二年一月二四日受付をもって、同社名義で、登記原因を平成元年六月一五日新築とする所有権保存登記をするとともに、同社の金銭出納簿等に本件新建物を同社の減価償却資産として計上した。(甲一二号証の二、乙六号証、乙一四号証の二)

(7) 平野橋不動産は、原告に対し、平成元年七月一日、本件新建物について、期間を同年一〇月一日から平成一一年八月三一日までとして、賃料一か月一五万円で賃貸し、これを引き渡した。

平野橋不動産は、原告から、平成元年一〇月分から右賃料を受け取り、同社の金銭出納簿にこれを雑収入として計上した。(甲一〇号証の三)以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二) 右認定事実及び当事者間に争いのない前記第二、二1記載の原告が本件申告に当たり「譲渡内容についてのお尋ね」と題する書面を添付して本件土地を平野橋不動産に代金一億円で譲渡した旨を申告したとの事実を総合すれば、本件契約は売買であることが認められるというべきである。

(三) これに対し、原告は、本件契約の実質は、原告が平野橋不動産から借り入れた一億円を被担保債権とする譲渡担保であると主張し、原告本人尋問の結果中には、原告が同社に対し本件土地の地代及び本件新建物の家賃として支払った金銭が右借入金の利息に当たるものである旨、右借入金は平成二年七月二〇日に現金で返済した旨の供述部分がある。

(1) しかし、原告本人尋問の結果によれば、原告と平野橋不動産との間では、本件土地の譲渡に関し、本件契約書の他には金銭消費貸借契約書等を別途作成していないことが認められる上、本件契約書(乙一号証)には、原告と同社との間で金銭消費貸借契約が締結されたこと及び本件土地が右借入金の担保の目的で譲渡されたことをうかがわせる記載はなされておらず、また、右借入金の弁済期、利息に関する約定等に関する記載も全く見当たらない。しかも、証人野崎の証言によれば、同社の貸借対照表には、原告に対する貸金は計上されていないこと、野崎は同社の経理担当者でありながら、右貸金の弁済期、利息に関する約定等を一切把握していないことが認められる。

(2) また、前記認定のとおり、本件土地の地代は一月当たり五万円、本件新建物の家賃は一月当たり一五万円であり、これらは、原告の主張する借入金額一億円の利息であるとするにはその額が極めて低廉であり、右借入金の利息であると認めるのは相当ではない。

(3) さらに、右借入金の返済経緯について、原告本人尋問の結果中には、一億円を現金で大阪の平野橋不動産の事務所に持参したが、野崎が留守だったので、吉村商会の女性従業員に預けた旨の記述部分があり、平成二年七月九日、吉村雅隆名義の三菱銀行神田支店普通預金口座から九六〇〇万円が引き出されていること、同年七月一八日受付をもって、錯誤を原因とする本件所有権移転登記の抹消がされていること及び本件新建物について、平成四年六月一九日受付をもって、真正な登記名義の回復を登記原因とする平野橋不動産から原告への所有権移転登記がされていることについては当事者間に争いがない。

しかし、証人野崎によれば、平野橋不動産は、平成二年七月二〇日に一億円を入金した旨の経理処理をしていないことが認められ、また、原告が、一億円もの大金を東京から大阪まで現金で持参し、これを系列会社であるとはいえ別会社の事務員に預けるということは、極めて不自然であるといわざるを得ない。

(4) これらの点を合わせ考えると、原告の前記供述部分はいずれも信用することができないというべきである。

(四) 次に、原告は、本件契約が譲渡担保である証左として、本件契約後も、原告が本件土地上に居住し続けており、本件土地を従来どおり使用収益していると主張する。

しかし、前記認定のとおり、本件新建物の建築代金は平野橋不動産が負担したこと、本件新建物の所有権保存登記は同社名義でなされたこと及び本件新建物は同社の減価償却資産に計上されたことにかんがみると、同社が本件新建物の所有者であることが認められるから、その敷地である本件土地の占有者も同社であるというべきである。

この点に関し、原告は、原告が本件新建物の所有者であって、右建物の所有権保存登記を同社名義にしたのは、原告が右建築資金を同社から融通してもらったからであり、現に、平成四年六月一九日、原告に対し、本件新建物の所有権移転登記がなされた旨主張するが、同社から原告に対して右建築資金が融資されたことを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、原告は、少なくとも、本件新建物建築後は、本件土地上の建物を使用しているにすぎないから、本件土地を従来どおり使用収益しているとはいえないというべきである。

なお、原告が本件旧建物を所有していたことは当事者間に争いがないが、原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件契約締結時、本件旧建物を取り壊して建物を新築することを予定していたことが認められるから、原告が本件旧建物を利用して、本件土地を使用収益していたことをもって、本件契約が譲渡担保であると推認することはできないというべきである。

(五) さらに、原告は、本件契約が実質的に譲渡担保であることを立証するものとして、領収証(甲一号証)及び申立書(甲二号証)を提出し、右領収書には、平野橋不動産が、原告から、平成二年七月二〇日、昭和六二年夏の一億円建替分である一億円を受領し、本件土地の登記を返還する旨が記載されており、また、右申立書には、原告と平野橋不動産との連署で、本件契約とそれに基づく所有権移転登記は形式的に専ら譲渡担保の目的で行われたものである旨が記載されている。

しかしながら、これらの書類は、いずれも本件更正処分がなされた平成二年七月六日より後(右領収証は平成二年七月二〇日、右申立書は平成三年六月二一日)に作成されたものであり、また、証人野崎の証言によれば、平野橋不動産の経理担当者である野崎はこれらの書類の作成に全く関与していないものであることが認められ、原告本人尋問の結果によれば、これらの書類は、原告が、吉村株式会社の事務員に作成させたもので、右作成に用いられた平野橋不動産の社判は、吉村株式会社が保管していたものであることが認められる。右のような作成過程に照らすと、これらの書類は、その記載内容が真実であることについては疑問があるといわざるを得ない。また、右領収証には、本件所有権移転登記を抹消する旨の記載があるが、右領収証の作成日前である平成二年七月一八日には、すでに本件移転登記の抹消登記がなされていることからすると、その記載内容は不合理であるといわざるを得ない。

したがって、右領収証及び申立書をもって、本件契約が実質的に譲渡担保であると認めることはできないというべきである。

2  争点(二)(本件土地の時価の評価額)について

(一) 本件土地周辺の基準地(世田谷六及び一二)の昭和六二年七月一日現在の基準地価格、昭和六二年分の路線価は、それぞれ別表標準地1及び2欄記載のとおりであることが認められる。(乙二五及び二八号証)

また、本件土地周辺の公示地(世田谷二三及び三二)の昭和六二年一月一日現在の公示価格、昭和六三年一月一日現在の公示価格、昭和六二年七月時点に修正した公示価格、昭和六二年分の路線価は、それぞれ別表標準地3及び4欄記載のとおりであることが認められる。(乙二五ないし二七号証)

他方、本件土地の昭和六二年分の路線価は、一平方メートル当たり五二万円であることが認められる。

(乙二五号証)

そうすると、右基準地及び公示地の比準価格は、別表記載のとおり、それぞれ一平方メートル当たり二〇五万八〇〇〇円、一九七万八〇〇〇円、一六〇万八〇〇〇円、一四七万六〇〇〇円となり、右比準価格の平均値は一七八万円となる。これを本件土地の一平方メートル当たりの時価として計算すると、本件土地(合計五一四・三一平方メートル)の時価は、合計九億一五四七万一八〇〇円であることが認められる。

したがって、本件契約の売買代金一億円は、本件土地の時価の二分の一に満たない価額であることが明らかであるから、本件土地の譲渡に係る譲渡所得の総収入金額は、低額譲渡の場合の特例に基づき、本件土地の譲渡時の時価に相当する九億一五四七万一八〇〇円とみなされるべきである。

(二) これに対し、原告は、平野橋不動産に対し、本件土地の底地部分だけを売却したのであるから、本件土地の評価額から借地権割合等を減価すべきであると主張する。

確かに、本件契約書には、原告と平野橋不動産との間で、本件土地について、地代を固定資産税都市計画税と同額、期間を昭和六二年七月二九日から二〇年とする賃貸借契約を締結した旨の記載があり、また、前記認定のとおり、原告は、平野橋不動産に対し、昭和六二年八月から平成元年九月までの間、地代として一月当たり五万円を支払っている。

しかし、原告が実際に地代を支払った期間及びその額は、本件契約書記載の契約期間及び地代の額と異なっている上、一月当たり五万円という地代は、本件土地の地代としては極めて低額であり、これをもって、本件土地の借地権の対価に相当する金銭の支払があったということは困難である。

また、建物所有を目的とする土地賃貸借契約においては、右土地上の建物が消滅すれば、借地権も当然に消滅すると解されるところ、原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件契約締結に先立って、本件土地上の本件旧建物を取り壊して建物を新築することを予定していたと認めることができる。そうだとすれば、当初から土地上の建物を消滅させることを予定しているような場合に、わざわざ借地権を設定したと認めるのは不自然であるといわざるを得ない。しかも、本件旧建物を取り壊して、借地権が消滅した時点において、原告と平野橋不動産との間で、右借地権消滅の対価に相当するような金銭の授受がなされたと認めるに足りる証拠はない。

以上によれば、原告が本件土地の譲渡に際して借地権を設定した上、本件土地の底地部分だけを売却したと認めることはできないというべきであるから、原告の右主張は失当である。

(三) 原告は、本件土地の評価額から、本件土地に設定された抵当権の被担保債権の額を減価すべきであると主張する。

しかし、そもそも抵当権の設定は、目的物の価値を債権の担保の用に供して、将来における債務の弁済を保証するためのものにすぎず、当該抵当権の実行が確実に予想されるような特段の事情がない限り、目的物の価値そのものが減少することにはならないというべきであるところ、原告は、右のような特段の事情について、何ら主張、立証をしない。

したがって、原告の右主張は失当であるというべきである。

(四) 原告は、本件土地の一部が収用の対象となる予定であるので、本件土地の評価額から相当額を減価すべきであると主張する。

本件土地の一部が本件計画道路の用地として収用対象予定地であることについては、当事者間に争いがないが、本件契約が締結された昭和六二年当時において、本件土地が現実に収用されるか否かは不確定である上、仮に収用されるとしても、収用に係る補償は収用対象物件の収用時の時価に基づいて行われるものであるから、原告の右主張は、何ら具体的な根拠がなく、失当であるというべきである。

三  結論

よって、原告の請求のうち、本件更正処分について、本件申告の額を超えない部分の取消しを求める部分は、不適法であるから却下すべきこととなり、その余の請求は、理由がないから棄却すべきこととなる。

(裁判長裁判官 秋山壽延 裁判官 武田光広 裁判官 森田浩美)

物件目録

一 所在 東京都世田谷区代田四丁目

地番 八二二番一

地目 宅地

地積 二二九・三二平方メートル

二 所在 右同所

地番 八二二番七

地目 宅地

地積 二八四・九九平方メートル

別表 本件土地の時価の計算表

1.本件土地の売却時(昭和62年7月29日)の時価は、東京都世田谷区代田地域の公示価格及び基準地価格を基礎として計算した。

2.比較対照地

〈省略〉

計算の過程

(1) 上記表のCの時点修正は、A+(B-A)×7/12=Cとして計算した。

(2) 昭和62年分の本件土地の1m2当たりの路線価は、520,000円である。

(3) 上記表のFの比準価格は、(C又はD)×(520,000円÷E)=Fとして計算した。

3.標準地の比準価格の平均値

(2,058,000+1,978,000+1,608,000+1,476,000)÷4=1,780,000……本件土地の1m2当たりの時価

4.本件土地の時価

(本件土地の1m2当たりの時価)×(本件土地の面積)=1,780,000円×514.31m2=915,471,800円

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